本日は、寒さ厳しい中にも結構なお日柄をいただいて、皆さんにはそれぞれお忙しい中と、尚も長引くコロナウイルスによる影響の大変な中を、遠近を問わず春の大祭にご参拝をいただきまして、誠に有難うございました。また、日々はお道のご用の上にご丹精を下さり、誠に有難うございます。
本日の春の大祭には祭典後の午後三時より、教祖百四十年祭に向かっての本部巡教をいただくことから、私が想像していた以上の、たくさんの方にご参拝をいただくことが出来ましたので、本当に有難く嬉しく思っております。そして、城山につながる皆さんには、昨年の一年間大教会へたくさんのお力添えとご真実をいただき、大変お世話になりました。今年一年もよろしくお願い致します。
新しい年を迎えて、早いもので三週間が経ちました。年が明けてめでたく元旦を迎えられた時には、「一年の計は元旦にあり」ということわざがありますので、皆さんそれぞれと計画を立て、更には、目標や心定めを親神様・教祖にお誓いをされて、心晴れやかに今年一年が始まったことだと思います。
さて、今年は令和五年・立教一八六年となります。そして、干支は兎年です。それでは、兎年はどんな年なのか?兎は穏やかで温厚な性格であることから、「家内安全」という意味があるそうです。昨年うちの家内が寅年の年女でしたので、張り切り過ぎるあまり暴走をして、家庭内に嵐吹き荒れることが何度かありました。しかし、今年は「家内安全」とありますので、嵐吹き荒れぬ穏やかな一年を願うばかりであります。ちなみに、田面木の会長さんが今年年男ですので、今年こそと、期待と共に頑張ってほしいと思います。
また、兎年は飛び跳ねる姿から「飛躍」・「向上」ということが象徴され、他にも芽を出した植物が、成長していき茎や葉が大きくなる時期で、目に見えて大きく成長する年だと言われています。このように、兎年は「飛躍」や「向上」、大きく成長する年だとありますので、お互いに教祖百四十年祭・大教会の記念祭に向かって、このような一年となれるよう、心掛けていきたいと思います。
本日は神殿講話ということですので、届きませんが、しばらくの間お時間お付き合い下さいますようお願い致します。只今、皆さんとご一緒に春の大祭を賑やかに、結構につとめさせていただくことができました。春の大祭は、教祖が子供可愛いとの親心から定命を二十五年お縮めになり、現身をお隠しになられた、明治二十年陰暦正月二十六日の大きな節を、元一日としてつとめる大祭とお聞かせいただきます。先程も言いましたが、本日祭典後より、教祖百四十年祭に向かう三年千日の歩み出しにあたり、本部巡教がございますので、皆さんと心一つに受けさせていただきたいと思います。そして、四日後の二十六日ご本部春季大祭の日から、教祖年祭活動がいよいよスタートすることになります。
この年祭活動の意義ですが、諭達第四号に、「親神様は、旬刻限の到来とともに、教祖をやしろとして表にお現われになり、世界一れつをたすけるため、陽気ぐらしへのたすけ一条の道を創められた。
以来、教祖は、月日のやしろとして、親神様の思召しをお説き下され、つとめを教えられるとともに、御自ら、ひながたの道をお示し下された。
そして、明治二十年陰暦正月二十六日、子供の成人を急き込まれ、定命を縮めて現身をかくされたが、今も存命のまま元のやしきに留まり、世界たすけの先頭に立ってお働き下され、私たちをお導き下されている。
この教祖の親心にお応えすべく、よふぼく一人ひとりが教祖の道具衆としての自覚を高め、仕切って成人の歩みを進めることが、教祖年祭を勤める意義である。」と、このようにお示し下さっております。
それでは、年祭を勤める意義のもとに、この年祭活動をどうような思いで通らせていただければ良いのか?昨年ご本部秋季大祭の翌日に、第二食堂に於いて、「教祖百四十年祭三年千日決起の集い」が開催されました。その中で内統領先生は、おふでさきの、
「しやんして心さためてついてこい すゑハたのもしみちがあるぞや」の、お歌を引用して次のようにお話下さいました。「最初に、「しやんして」とあります。今の時旬、そして現在、私達が担っている立場、持ち場を確認することだと思うのであります。」
次に、「しやんして」に続いて「心さためて」とあります。教祖年祭に向かうこの旬だからこそ、できる心定めがあるはずであります。そして、この旬だからこそお見せくださるご守護があるはずであります。年祭を目標に仕切って心を定めるからこそ、成人の歩みも進めさせていただけるのであります。」
次に、「しやんして心さためて」に続くのは「ついてこい」であります。もちろん、私たちがついていくのは教祖ひながたの道であります。教祖が貧に落ちきる道も、親戚縁者の反対、村方の中傷誹謗のなかも、世間からの反対攻撃、官憲の干渉迫害のなかをお通りくだされたのも、すべては親神様の存在と、そのご守護を分からせたいとの親心からであります。」そして、最後に「旬を外さぬように、教祖百四十年祭を迎えるまでの三年間が意義あるものとなるように、しっかりと思案をし、心の向きを合わせ、心を定めて教祖ひながたの道を、たすけ一条の道を歩む三年千日としていきましょう。」と、年祭活動の歩み方をお示し下されました。
教祖は皆さんもご存知の通り、月日のやしろとお定まり下されてから、貧に落ちきるところから始まり五十年にわたって、口や筆に身をもってひながたの道をお通り下さいました。しかし、教祖がお通り下されて道は、当時も今も世間の常識から考えてみると、非常識と捉えられるかもしれません。なぜなら、中山家は立教以来親神様の思召しのままに、家財を手放し、家屋敷を取り払い、施しに明け暮れて貧のどん底の中を通られましたので、このことは世間の常識からすれば、ありえないことであるからです。また、教祖は「人たすけたら我が身たすかる」と、お教え下さいましたが、このことも世間の常識では、人をたすけたら人がたすかるのであって、我が身がたすかるわけがない。非常識と言えると思います。しかし、この非常識が正しいかどうかは、やってみないと分かりません。ですから、教祖は五十年も自らひながたの道を通られて、私達が分かるようにお遺し下さったのだと思います。
私達は教祖の道具衆でありますので、誰もが教祖のひながたを心の頼りにして、日々を通られていると思います。しかし、教祖のひながたを信仰のレベルが高過ぎて、私にはできない、私にはつとまらないとか、難しく考えてしまう人も少なくないと思います。ですが、真柱様は、「教祖のひながたというのは、ひながたをそっくりまねることではない。」と仰せ下さいますので、人それぞれのひながたの道があっていいと思うんです。教祖のひながたは人だすけの道で、人だすけとは言い換えれば人のお役に立つことをさせてもらうことで、そして、その中でこうでなければならないというような型にはまらずに、自分にできる人のお役に立つことをさせていただくことだと思います。そして、人のお役に立つことが、教祖よりお教えいただく、「人たすけたら我が身たすかる」ことへとなりますので、人のたすかりから自分のたすかりへと、つなげていきたいと思います。
今世界はコロナウイルスの影響から時代が大きく変わろうとしており、教会のありかたや、人だすけの仕方も、変わらなくてはいけない時に来ているように感じます。ですから、年祭活動を今の時代に合わせた、自分の得意分野を活かして人のお役に立てる、人だすけの道を通らせていただきたいと思います。
そして、年祭活動中の大教会としての活動方針を、今も掲げております、「日々生かされていることに感謝して、ご恩報じにつとめよう」に、引き続いてさせていただくことに致しましたので、この活動方針をめどうに教祖の道具衆として、教祖百四十年祭に向かって、少しでも心豊かに成人させていただくことを、今日の春の大祭の良き日に、皆さんとお誓い申し上げたいと思います。
さて、いよいよ今年の十一月二十日に、大教会創立百三十周年記念祭を迎えます。今記念祭に向かう活動方針をもとにして、お互いに過去・現在・未来にありがとうの感謝の心を、私達それぞれが何かの形で実践をし、そして、その中で気持ちの変化を感じている方もおられるかと思います。私のありがとうの形は以前にもお話したと思いますが、地域に役立つことをさせていただくことです。その一つには、うちの子供達を小学校の登校日に、指定の集合場所まで送る際往復の道のりの中で、タバコの吸い殻などのゴミ拾いをさせていただいています。そして、もう一つには、青年さんとうちの子供達と月に一度日を決めて、うちの子供達が通う小学校の草引きなどの掃除をしております。
この二つのことはひのきしんですが、もう一つ心掛けていることがあります。それは、少しでも感謝の気持ちを持てるようにと、毎食ご飯を食べた後に必ず両手でお腹を三度さすり、そのあと胸前で合唱をしてご馳走様ですと、このことを三回繰り返すようにしています。些細なことですが、少しでも感謝の気持ちを持てる自分になりたいと、させていただいていることであります。
先月感謝することの大切さを、改めて教えていただけた出来事がありました。昨年の十一月に、自分の不注意で右足首を捻挫してしまい、その後一ヶ月が経っても痛みが治まらなかったので、病院で診てもらうことになりました。うちの家内の友人の紹介から、隣町の掛川市の病院ということになり、その病院に行かせていただくと、病院がアパートの一室にありました。早速先生に診てもらい三十分程丁寧に、足のマッサージとお灸をしてくれました。それが終わると、先生がリハビリの仕方を教えて下さり、最後に毎日心掛けていただきたいことがありますと、一言言われたんです。それは、「毎日少しの時間でもいいから、外に出て太陽の光を身体全身にいっぱい浴びて下さい。それと、これも一日数回でいいので、両手を胸に添えて、その後下腹にも両手を添えて、最後に胸前で合唱して下さい。」と、このように言われましたので、一瞬えっと少し驚きました。私がすでにしていることと似ていましたので。そして、驚いたのはそれだけで終わらず、診察が全て終わってお支払いを先生に伺うと、「私はどんな方にも治療を受けてもらい治っていただきたいので、決まった金額をいただいておりません。そこに、段ボールのボックスがありますので、心次第で入れて下されば結構です。」と、このように言われたんです。衝撃でした。今の時代におたすけのような心で、開業されているお医者さんがいることに。正直びっくりしました。
この度、足の治療を通してこの先生と出会い、色々と考え深いものがありました。まず一つには、先生がおっしゃった毎日心掛けていただきたいことの中に、「外へ出て太陽の光を身体全身にいっぱい浴びること。」このことは、お道では月日親神とお教えいただくことから、太陽は親神様そのものですので、そのことから神様・太陽の光をいっぱい浴びて、その感謝のもとに、足が良くなってもらいたいという思いがあるのかと感じました。
続いてもう一つの、「両手を胸に添え、そのあと下腹にも両手を添え、最後に胸前で合掌。」と、ありましたが、これも、使わせてもらっている身体への、ありがとうの感謝の行いではと思いました。そして、先生がどんな方にも治療を受けてもらいたい、治っていただきたいという思いでされていることは、神様や人様からいただいているご恩への、感謝の思いからのことかと感じました。
私がこの度先生とお会いして、このように感じたことはあくまでも私の悟りです。しかし、その悟りから、親神様の懐住まいをさせていただく私にとって、日々いただく親神様の大恩と、お与えしている周りの人達や物などに対して、もっともっと感謝の気持ちを持つことと、感謝の思いから人だすけさせていただくことを、改めて教えていただきました。
それでは、私達は毎日のくらしの中で、どれだけ感謝をしているでしょうか?私達は日々何事もなく一日が終わると、そのことをつい当たり前のように感じてしまい、そして、何か平凡で物足りないと不足をして、欲が出てしまうものです。しかし、反対に何か身上や事情をお見せいただいた時に、何事もない平凡な毎日が、当たり前ではなくどれだけ有難いことなのか。もっと感謝しなければと改めて気付くのが、私達の心の常ではないでしょうか。
感謝とは、恩を感じて喜ぶことだと思います。
おさしづに、
あちらでも喜ぶ、こちらでも喜ぶ。喜ぶ理は天の理に適う。
日々嬉しい〱通れば、理が回りて来る。
と、親神様は喜ぶことの大切さをこのようにおっしゃっていますので、喜ぶことの大切さが分かります。
そして、喜ぶことの感謝の心が、私達の信仰の勇みの種となり、何かさせてもらいたいという、ご恩報じへと後押しをして下さるのではないでしょうか。ですから、そのご恩報じを通して、自分自身や家庭や教会へと、旬のご守護を頂戴したいと思います。そして、お互いにこの旬を追い風に先を楽しみにして、記念祭当日までありがとうの感謝の心で、一手一つに精一杯通らせていただきたいと思います。
最後になりますが、今月の四日におぢばに帰らせていただき、大教会立教一八六年の心定めを諸井世話人先生を通して、ご本部へ提出させていただきました。今年の心定めを、初席者数三十名・よふぼく数二十名・修養科修了者数十五名・教人数十名・御供年額二千万円と定めさせていただき、今月早速お陰様で、有難く修養科生を一名お与えいただくことができました。どうか、今年一年教祖百四十年祭・大教会の記念祭に向かうこの大きな時旬に、おぢばへ精一杯のご恩報じをさせていただきたいと思いますので、この心定めが達成できるよう、お力添えをいただきますことをくれぐれもお願い申し上げて、神殿講話とさせていただきます。ご静聴有難うございました。
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